めっせーじ



    こちらでは みなさんにお伝えしたいことを書きま〜す。
    愛する仲間達への メッセージボードです。





    1. 「色とりどりでありたい」 (2003.4.17)
    2. 「変わる素晴らしさ、変わらない素晴らしさ」(2003.5.23)
    3. 「人との出逢いの中で」 (2003.6.23)
    4. 「私の色をもちたい」 (2003.12.01)
    5. 「心からのありがとう」 (2004.4.17)
    6. 「自分に自信を持つということ」 (2005.2.20)
    7. 「ずっと変わらずにこの場所で」 (2005.4.17)
    8. 「そばにいてくださってありがとう」 (2005.8.23)
    9. 「ここにいられるだけで」 (2005.12.01)
    10. 「求めるものは」 (2006.02.28)
    11. 「ずっと守られてきたことを」 (2006.03.8)
    12. 「前に進んでいくために」(2006.4.17)
    13. 「自分のために 忘れてはいけない言葉」(2006.5.26)
    14. 「教えていただいたことをいつも胸に」(2006.11.25)
    15. 「和」(2006.12.29)
    16. 「学ぶということ」(2007.1.11)
    17. 「女性にとって一番大切なこと。」(2007.2.27)
    18. 「今やっと自然体で。」(2007.4.17)
    19. 「言い続けていただけることの意味」(2007.7.27)
    20. 「失うことの意味」(2007.9.29)
    21. 「たくさんの出逢いと投げかけられる言葉。」(2007.10.31)
    22. 「栄光と犠牲」(2007.11.02)
    23. 「選択肢」(2007.12.07)
    24. 「幸せは。」(2007.12.23)
    25. 「目に見えない力に導かれて」(2008.02.22)
    26. 「おかげさまで。」(2008.4.17)
    27. 「心を伝えたい」(2008.5.22)
    28. 「師弟の関係」(2008.8.26)
    29. 「美しい形」(2008.9.14)
    30. 「人生」(2008.12.08)
    31. 「花も嵐も」(2009.1.19)
    32. 「続けられた喜び」(2009.4.17)
    33. 「ゴールはスタートである」(2009.9.19)
    34. 「お誕生日は」(2010.3.16)
    35. 「末広がりの。」(2010.4.17)
    36. 「お約束できること。」(2010.5.7)
    37. 「どんな状況にあろうとも。」(2010.10.7)
    38. 「乗り越えてこその人生」(2010.12.20)
    39. 「重ねた歳月の中に大きな学びがある」(2011.4.17)
    40. 「生きた姿に。」(2011.7.26)
    41. 「穏やかで平凡な日々こそ有難い」(2011.12.28)
    42. 「続けていればいつかたどり着けると信じられる」(2012.4.17)
    43. 「確かめながら前に進んでいく」(2012.12.23)
    44. 「丸10年」(2013.4.17)
    45. 「新しい自分をめざして」(2013.12.25)
    46. 「12年目に。」(2014.4.17)
    47. 「もがき続けて。」(2014.12.11)
    48. 「年を重ねることもなかなか良いものだ。」(2015.04.17)
    49. 「執着が妨げになる。」(2015.08.29)
    50. 「変わりない、ということへの感謝」(2015.12.21)
    51. 「迷いなく。」(2016.04.17)
    52. 「運気に逆らわない」(2016.12.19)

     〜 色とりどりでありたい 〜

    私がいつも思うこと。
    それは 自分や自分のまわりの女性が
    いつまでも心豊かで 色つきで ときめいていられたらなぁ、って思うんです。
    いつまでもひとりの人を好きでいられる女性は
    自分のことを 照れ隠しにミーハーだと言いますが
    とても情が深く 魅力的で 初々しさを失っていません。
    (おそろしいほど 自画自賛ですみません。)
    私たちはGOROファンで ず〜〜っときましたが
    相手が誰でも こうしてずっと 一人の人を好きでいられることを幸せに思います。
    私たちは 今でもみんな 恋する乙女です。(笑)
    とても感じる心を持っています。
    感じられるから ずっと好きだと言いつづけられます。
    そんな素敵な仲間たちが 集って話せる場所が作れたらなぁ、って思って
    このホームページを作りました。
    素敵な音楽を聴きながら色々と語りあいましょう。
    私の大好きな GOROさんや 東海林修先生の心ときめく音楽、
    すてきな歌をいっぱい紹介したいと思います。
    どうぞ よろしくお願いします。
    素敵な音楽に包まれて
    ずっとずっと私たちは 色とりどりに輝いていたいですね。
    (2003.4.17)


     〜 変わる素晴らしさ、変わらない素晴らしさ 〜

    人はみな いやでも年を取っていきます。 
    いつも成長していたいと願いますが、何が成長できているのか よくわかりません。
    何か 進歩を実感できればと 新しいことにも挑戦しますが
    たいてい途中で「こんなものだ もういいや」、と妙に満足して 放りだしてしまいます。
    ある時 そんな風に何に対してもテキトウに向かい合ってきた自分に気がつきショックでした。
    続ける力のない自分自身に気がついたのです。
    なんとかして こんな自分を変えたい、って思いました。
    一生続けられることを私なりに考えました。
    そして、 昔やっていた日本舞踊をもう一度やってみようと思い 始めてから4年目になります。

    何でも一つのことを極めた人の存在はとても大きく、話される言葉の一つ一つにとても重みがあります。
    最初の頃は 何を話されても もう涙が出て止まりませんでした。
    何を言われてもなぜか涙が出てしまうんです。恥ずかしいと思いつつも そんな状態でした。
    あるときお師匠さんに子供のことで愚痴をこぼしたことがあります。
    「先生 子供が自分の思うようにならず苦労しています。どう子育てしたらよろしいでしょうか。」
    そうしたら こう言われました。
    「あなただって 自分の身体ひとつ 自分の思うように動かせていないじゃないですか。
    なのにどうして あなたの息子さんたちが あなたの思うようになりましょうか。」と。
    本当にあの時の言葉は決して忘れられません。

    最近になって 少しだけわかってきたことがあります。
    継続は力なり、と言いますが 本当にそうだと思います。貫く力を私は持ちたい。
    一度決めたら 心は変えない。続けることが大切だと。
    ずっと変わらない想いが
    自分を、そして すべてのことを変えていく 力のもとになるのではないかと
    しみじみと思う今日この頃です。
    (2003.5.23)


     〜 人との出逢いの中で 〜

    私は 人と接する仕事をしています。毎日たくさんの人と出逢えます。
    この仕事が好きなのです。好きな仕事だから頑張れます。
    きっと「人」が好きだから この仕事が好きなのだろうと自分でも思います。

    若い頃は勢いだけで走れました。何をしても 若いというだけでちやほやされる時代もありました。
    けれど 若いだけでなんでも許される時代は あっという間にすぎてしまいます。
    年を重ねるごとに 何で勝負したらいいのか、と わからなくなって迷う時が誰でもきっとあると思います。

    そんな時に 人との素敵な出逢いは 自分を救ってくれます。
    自分より年上で 素敵な人と出逢うと 本当にうれしくなってしまいます。
    いったいどうしたらこんなに素敵に年を重ねることができるのか、と そばで観察したくなります。
    人生の先輩の言葉は とても深く心に届きます。色々と 話を聞かせてもらうのが私は大好きです。

    毎日の仕事の中でも 自分より年上で 素敵な女性に出逢えると とてもうれしいものです。
    どうしても まずは見た目から入ってしまいますが 別によそいきの服を着ていなくても
    とても素敵だと思える女性はたくさんいます。笑顔がきれいで 表情が豊かな女性です。
    最近 つくづく思うのですが 年を重ねるごとに 女性は品がなくては、と 思うのです。
    品のある女性は とても口元がきれいです。口元のきれいな女性は とても魅力的です。
    そして きれいな言葉を話すということも とても大切だと感じています。

    毎年誕生日を迎えるたびに 一つづつ 年を減らしていけたらどんなにかいいだろう、と
    前は思っていました。年をとることがこわかったからです。
    けれど 素敵な人生の先輩に出逢えてから そんなことも思わなくなりました。

    「一日でも自分より早く生まれた人は 人生の先輩なのですから尊敬しましょう。」と
    日舞の先生からも教えていただきました。
    何歳になっても 柔軟で 人からたくさんのことを吸収できる自分でありたいと思います。
    (2003.6.23)



     〜 私の色をもちたい 〜

    このホームページを立ち上げたとき 最初に書いたメッセージが
    「色とりどりでありたい」 というものでした。
    今もその気持ちは変わっていません。
    いつも思っていたのは いつまでも色あせない自分でありたいということでした。

    そんなことをずっと思い続けていながら 最近ふと考えました。
         『私の色はいったい何色?』
    人から見て 何色に見えているのでしょう。色を感じていただけているでしょうか。
    好きな色は一色だけではありません。何色もあります。自分なりのこだわりもあります。
    そんな中で これは私の色だ、と思える色があります。
    それは 一番自分を表現してくれる色です。

    最近 気づいたことがあります。
    色あせない自分に、と思うより 色づいていく自分をイメージすることが大切なのだと。

    いつも同じ色ではつまらない。時には はっとする面も持ちたい。
    色々な色が見え隠れするほうが楽しい。女性として豊かでありたい。
    いつまでも色を感じられる自分でありたい。

    一時期、色に興味が湧いてカラーコーディネイトの本をたくさん読んだことがありました。
    そして お友達の紹介で 東京から来られたカラーコーディネイターの方に
    色を合わせていただいたこともあります。
    初対面のその方に「あなたにはこの色です。」と決められ ・・・・なんか違う、って思いました。
    内面からにじみ出る色もきっとあると思います。
    決めつけてしまうなんてつまらないし、いろんな色も楽しみたい。
    けれどまた、私たちはもう 自分の色をもつ年代になってきていることも痛感します。

    時々・・・ 自分にない色を人に感じるとあせりを感じてしまうことがあります。
    自分にないものを人の中に見つけると なんだか自分が情けなく思えてきたりします。
    でも そんな時こそ 自分の色を大切にしたいと思います。
    人と違っているからいい。違っているから自分らしい。そして楽しい。
    違っているから輝ける。

    わたしの色を持ちたい。自分らしさを大切にしたいと思います。
    私と私の大切な人たちが いつも素敵な色で輝やいていられますように。
    (2003.12.01)



     〜 心からのありがとう 〜

    おかげさまで私のこのホームページも2周年を迎えることができました。
    たったの一年ですが どうしようもなくうれしい気持ちでいっぱいです。
    本当に色々なことがありました。こうして一年続けてこれたことが本当に本当にうれしい。

    この一年、何年分もの経験がありました。
    越えられそうにないと、挫折しそうな場面もたくさんありました。
    今思えば それは全て私にとって必要なことだったのだと思います。

    そしていろいろなことを乗り越えて
    今日こうして私のホームページも一歳のお誕生日を迎えることができました。
    感謝の気持ちでいっぱいです。

    自分の弱さもたくさん思い知らされました。自分一人では何もできないことも痛感し
    ました。
    落ち込むこともたくさんありました。
    けれど こうしてここにいられる喜び!!この胸にあふれています。
    たくさんの人に支えていただいて 今の自分があります。
    何よりそのことがうれしくて幸せで胸がいっぱいです。
    みなさま 本当に本当にありがとうございます!!

    そしてまた今日からまた第一歩を踏み出したいと思います。
    最初の一年はみなさまから温かい心をいただくばかりで
    なにもお返しすることもできずに来てしまいました。

    またこの一年 私には叫ぶことしか出来ませんが初心を忘れずにがんばります。
    そして支えてくださったみなさまへいつかご恩返ししたい気持ちでいっぱいです。
    ありきたりのことしか書けませんが 感謝の気持ちでいっぱいです。

    この胸にはいつも夢がいっぱい!そして愛もいっぱい。
    今のうれしい気持ちを大切にします。

    みなさま、心からありがとう。
    続けることが何よりの目標です。どうかこれからも末永くよろしくお願いします。
      (2004.4.17)



     〜 ずっと変わらずにこの場所で 〜

    おかげさまで私のこのホームページも3周年を迎えることができました。
    一年目はあっという間のようで 実は本当に色々な試練がありました。
    何度も挫折しそうになりました。
    けれどそんな状況だったからこそ
    たくさんの人に支えていただいていることを実感しました。 
    自分の無力さも痛感しましたし 心から感謝する気持が持てました。

    2年目は ただただ うれしいだけで走って来たような気がします。
    あっという間の一年でした。
    夢中で走っていたら一年が過ぎていたという感じです。

    日舞の先生が色んなことを私に話してくださいます。
    『石の上にも三年』という言葉がありますが
    物事に慣れるのに 三年、かかるそうです。
    「慣れる、という文字を見てごらんなさい。
     慣れるということは いつも心がまっすぐにちゃんと立つということなのです。」と。
    そう言われてはっとしました。
    どこか意味を取り違えている自分がいたことをとても恥ずかしく想いました。
    まっすぐにきちんと立てていなければ慣れたとはいえないのです。
    簡単なようで実はとても難しいような気がしています。

    まだ私のホームページはたったの2年です。
    夢もなかなか形になるものではありません。
    まだまだ果てしない道の途中です。

    けれど夢をもって
    夢に向かって行動していればいつかは夢も叶うと信じたいです。
    好きなものを好きと 叫ぶことの出来る喜びをかみしめます。
    せめてこの想いが まっすぐに届きますように。

    そして 私はずっと変わらずにここにいます、
    そう伝えたいです。

    ずっとずっと変わらずに夢を叫び続けたい。

    いつも「のりえの部屋」を訪れてくださるみなさま
    支えてくださって
    本当に 本当にありがとう。

    おかげさまで3年目に突入します。
    どうぞこれからも末永くよろしくお願いします。 
      (2005.4.17)



     〜そばにいてくださってありがとう〜

    『命は大切だ。命を大切に。そんなこと、何千何万回言われるより、「あなたが大切だ」
     誰かがそう言ってくれたら、それだけで生きていける。』

    テレビで「命の大切さ」を訴える公共広告機構のCMを見るたびに
    本当にその通りだと胸が熱くなります。

    人は 自分自身の存在をいつも必要とされる場所を求めて生きていると
    しみじみと考えます。

    人はどこかで いつも自分が中心であることを望んでいるような気がします。

    考えてみると 家庭はそれを感じさせてもらえる唯一の場所で
    いつも自分に気持ちが向けられ
    わずらわしいほどに心配してくれる親の愛情もあり
    家族のそれぞれが 当然のように自分が真ん中にいると思える温かい場所であるけれど
    それがあればこそ生きていられるのだけれど
    もっと他にも自分が必要とされる場所があってほしい、
    いや、きっとあるはずだ、と
    生きている間は ずっと探し求め続けるような気もします。

    けれどそんな中で
    人は 世の中は決して自分を中心にしてはまわらない、ということを身を持って知るのです。
    この胸に痛みを感じなければ 人の痛みもわかりません。
    もしかしたらそれを知り受け止め なおかつ前に進むことができるということが
    とてもとても大切なことかもしれないと考えるようになりました。

    ここにいるのは あなたが好きだから。
    あなたにいつもそばにいてほしいから。
    そんな気持ちを大切にして
    今自分の置かれた場所で 精一杯自分らしく生きられたらうれしい。

    人は 自分の居場所ではないと感じた時
    きっと静かに去っていくものですね。
    私もたぶんそうするでしょう。
    覚悟をする、ということも とても大切なことのような気がしています。

    けれど大切なものはずっと守り通す想いを持ちたい。
    そしていつも言い続けさせてほしい。
    大切なあなたのそばにいられてうれしい。
    あなたと出逢えて本当にうれしい。

    ここで生きていられるうれしさをいつも大切にします。
    いつも そばにいてくださってありがとう。
    心から、ありがとう。

    (2005.8.23)



     〜 ここにいられるだけで 〜

    私たちは毎日一生懸命生きているつもりなのですが
    何かと落ち込むこともあり 自分に自信を失くしてしまうこともよくあります。
    なかなか自分自身を好きでいられることは難しいような気がします。

    いつも日舞のお稽古の度に 先生に色んな話をしていただけます。
    先日の日舞のお稽古の日も 私は日舞の先生に こうお尋ねしてしまいました。

    「先生、私は自分では一生懸命のつもりなのですが、私には何かが足りないようです。
     何が足りないのでしょう。それがわからないのです。」
    すると先生は穏やかに微笑まれ こうおっしゃいました。

    「何が足りない・・のではないのですよ。」

    間を置いてまた穏やかにひとこと。

    「すべて不足しているのです。」

    「・・・・あぁ!!」言葉を失いました。
    そうだったんだ。その通りです。
    何をいきがっていたのでしょう。

    そして言われました。
    「自分が自分が・・という気持ちになっているのです。
     ここにいられるだけで感謝なのですよ。感謝しましょう。」と。

    本当に胸がいっぱいになりました。
    ここにいられるだけで 本当に幸せなのです。

    いつもいつも大切なものは「心」だと自分に言い聞かせながらも
    自分を見失っている自分がいます。
    いつも自分を引いて 感謝する心で過したい。
    あらためて思う 身の引き締まる12月の朝です。

    ここにいさせてくださって 本当にありがとうございます。

    (2005.12.01)

                                                                    
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     〜求めるものは〜

    無我夢中で進む日々ですが いつも気がつくと壁に突き当たっている自分がいます。
    自分の弱さを痛感します。

    自分らしくと言い聞かせながら いつも自分を見失います。
    マイペースといいながら 気がつけば周りのペースについていくのが必死で
    息も上がり 倒れそうになっている自分がいます。
    自分らしささえ 分からなくなっている自分がいます。


    自分のことを わかってほしい。
    必要とされたい。
    私を認めてほしい。
    受け入れられたい。

    気がつけば そんな気持ちでいっぱいになっている自分がいるのです。
    けれどその想いは たいてい空回りします。
    きっとそう思う自分に
    どこか見返りを求める気持ちがあるからでしょう。


    そんな時
    いつも助けられるのは 友人からの温かい言葉です。
    なんとか前を向いて頑張ろうと思えます。
    乗り越える力をいただけます。
    このままでも大丈夫だよ、って背中を撫でていただけて
    励まされ元気をもらい前に進む気力がわいてきます。
    本当に感謝、感謝です。


    そして今日もまた 日舞の先生に諭していただけました。

    「人に求めるのではないのですよ。
     自分自身に求めるのです。
     自分のやるべきことを淡々とやるのです。
     それでいいのですよ。」

      「初志貫徹です。」

    求めるものは 自分の中に。

    なかなか成長できない私ですが
    誇りを持ってがんばります。

    ホームページもあと1ヶ月半で3周年です。
    みなさま いつも本当にありがとうございます。

    (2006.02.28)

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     〜ずっと守られてきたことを〜

    私も日舞を始めて丸7年になります。
    毎週火曜日のお稽古から 私の一週間は始まっているように思っています。

    踊りだけでなく 子育てについてや着付けについて、
    礼儀や 人生についてまで 色んな話を聴かせていただけます。

    おもしろいもので 踊りにも性格が出てしまうようです。
    私の場合
    『この私を見てちょうだい!!』・・・というような踊りになっていたことに
    7年やってみてやっと自分が見えてきて
    懸命に今 変わる努力をしているところです。

    まだまだ果てしない道の途中です。

    今回もいろんなお話を先生にしていただく中で
    こんなことを言っていただけました。

     「あなたは小さい頃から
     車に酔ってどこにもいけないから・・・とかで
     あなたのことを
     みんなが一生懸命守ってきたのでしょう
     でも
     もう自分のことは自分で守らないといけないんですよ
     そして今度は
     あなたがみんなを守ってあげなければならないのですよ。」
     と。

    あぁ そうだったのか
    守られていることに甘えていたんだ。
    なんということでしょう。

    生きている限り勉強です。
    学ぶことの出来る人生は素晴らしい。
    私も 7年続けてきた日舞ですので
    これからは資格を取ることを目指してがんばってみようと心に決めました。

    目標があるってうれしいことです。
    私らしい人生を貫きます。
    (2006.03.08)



     前に進んでいくために

    おかげさまで私のホームページも ついに4年目に突入しました。
    何もしなくても時は過ぎてしまいますが 3年間続けてこれたことを
    自分自身褒めてあげたい気がします。

    けれど決して一人ではがんばれませんでした。
    毎日ページを見てくださる人がいて
    書き込みをしてくださる人がいて 
    応援してくださる人がいればこそ
    私は 自分が好きな五郎さんと東海林先生の音楽について
    いっぱいお話させていただけることが出来ました。
    私はいつもそのことを忘れてはいけないと自分に言い聴かせます。

    3年目は たくさんの方のお力をお借りして新しいページ作りにも挑戦しました。
    一人では決して作ることが出来なかった「野口五郎さんと東海林修先生の作品・ステージ」は
    私の3年間の成果だと思っておりますし 誇りです。
    感謝のきもちでいっぱいです。
    本当にありがとうございます。

    あまりに自己アピールが過ぎるとお叱りもいただきますが
    一生懸命やってきました。この3年間は本当に夢中でがんばりました。
    石の上にも3年。3年間はなにがなんでもという気持ちだったのです。
    本当にうれしいです。

    そして今日から4年目。
    前に進んでいくために 4年目は挑戦していく強い気持ちを持ちます。
    一つでも夢を叶えられるよう努力をします。

    いつも私のページを訪れてくださるみなさま
    本当にありがとうございます。

    そしてなにより・・・これからもどうか仲良くしてください。
    どうぞこれからも末永くよろしくお願いします。
    (2006.04.17)



     自分のために 忘れてはいけない言葉

    自分のために
     決して忘れてはいけない言葉をここに書きます

      人生は信じられないようなうれしいことがあれば
    それとおなしくらい苦しい事も起こってきます。
    絶頂と絶望は いつも隣り合わせなのです

     私が私でいるために
     しっかりと立っているために
     忘れてはならない大切な言葉を
     自分のために書きます。

        「日舞の先生の私への言葉」

    「一生懸命がんばるチャンスを与えていただけただけいいじゃないですか
     それだけでも感謝感謝なのですよ。
     あなたは人に評価されたいからがんばったのですか?
     そうではないでしょう。
     今はわからなくても きっとわかっていただける時がきます。
     いえ わからないままであったとしても いいではないですか。

     背中を向けたら終わりです。
     口にすれば それで終わります。
     けれど それは本当に最後の最後に言うのです。

      今までやってきたことは 一人でできたことではないでしょう?
    家族にも 周りの人にも協力していただけたからこそ
    続けてこられてのですよね?
    やめてしまったらその人たちに対しても申し訳ないじゃないですか。

     ならば 黙って淡々と自分のやるべきことをするのです。
     それでいいではないてすか。

     自分が自分を褒めてあげられれば それでいいではないですか。
     それで充分なのですよ。
     感謝、感謝なのですよ。

    (2006.05.26)



     教えていただいたことをいつも胸に

    実は 先月 私の習っている日舞のお師匠さんが亡くなられました。
    私は 今まで身近な人を失ったことがなかったため
    本当にショックは大きく いろいろと現実を受け止めるまでに時間がかかりました。
    このことを口にすることも辛くてできませんでした。

    つい先日まで お元気で
    しゃきっとしていらっしゃるお師匠さんを拝見したのに・・・と とても信じられない想いでしたので 
    葬儀の日 お師匠の胸元にお花を手向けたときは
    本当に泣けて泣けてどうしようもありませんでした。
    大切な人を失うということは こんなにも悲しく虚しいものなのかとやりきれない想いです。
    あまりにも認めたくない現実だったからです。

    「変わる素晴らしさ、変わらない素晴らしさ」(2003.5.23)でも書いていますが
    師匠の言葉は本当に胸に沁みるものでした。
    当時は何を言われても涙が出てしまう私でした。
    今しみじみ お師匠が私に投げかけてくださった言葉をかみしめています。
    日舞をもう一度習いたいと 先生を捜して こうしてお師匠とご縁があったことを感謝せずにはいられません。
    途中からお師匠のお弟子さんへと教えていただく方は変わりましたが
    お師匠に直接ご指導していただいたことがあるというのは
    今思うとあまりにもうれしく誇れることです。
    身に余る光栄としか言いようがありません。

    お師匠はいつもたくさんのお弟子さんのことを考えていらっしゃいましたし
    踊りのことをいつも考えていらっしゃいました。
    あまりにも偉大で 素晴らしい師匠でした。

    最後にお逢いした時の お師匠の言葉を思い出します。

    「きものを着るときは きものにも "今日はかわいく着せてちょうだいね"って
     話しかけてあげるのですよ。
     着てあげてる、ではないのですよ。
     私はいつもそうしています。
     そういう心が大切だと思うのですよ。」
     そう言って 少女のような表情をされたことを今も忘れられません。
     
    人生の師と仰ぐ人を 失うということは なんとも虚しく悲しいものですが
    どうか見守ってくださいと心の中で手を合わせ
    これからの日々 背すじを伸ばして しゃんとして生きて行きたいと思っています。

    そして今想うのです。
    今 自分にできることを精一杯、悔いを残さずに・・・と。

    (2006.11.25)



     「和」

    2006年も あと3日で終わり。
    今年もいろいろとあったけれど 
    この一年起きたすべてのことが
    自分らしく生きれる私にしてくれたように思います。

    今年ほど 自分と向き合った年はありません。
    もがいている間は 自分が壊れてしまったことを自覚した時期もありました。
    自分の弱さも痛感しました。 
    人に迷惑をかけることも多かったと思います。
    私は完璧ではなく 欠陥だらけの人間であることをも痛感しました。

    でも壊れてみて 初めてわかることがある。
    いろんなことがよく見えてきました。
    本当に大切なものを知ることができました。

    そして自分は一人ではないということを
    あらためて想いました。
    人の温かさに支えられた一年でした。

    2006年を象徴する「今年の漢字」は「命」という言葉でしたが
    私にとっての言葉は「わ」だったような気がします。

    「和」「輪」「話」
    どの「わ」も 私のこの一年を象徴するような言葉でした。
    そしてその中でひとつだけということになったら 
    私には「和」という文字のような気がします。
    「なごむ」「やわらぐ」、調和の「和」
    この言葉をかみしめた一年でした。

    一年の終わりがこんなに穏かで
    こんなにうれしく 温かい心でいられることに感謝します。
    来年は 少し成長していけるような気がしています。
    少しですが変われたような気がします。

    今年も みなさま本当にありがとうございました。

    (2006.12.29)



     「学ぶということ」

    2007年は 家族とともににぎやかにスタートしました。
    家族にもいろんなことを教えられますし 元気をもらえました。

    一年の初めはやはり目標を持ちたい。
    今年も日本舞踊と生け花のお稽古はスタートしました。
    少しでも成長したい、と願う想いでがんばっているつもりですが
    自分自身 もう少し進歩がほしい。

    今年もスタートして先生からのお話を聴き
    今までは受け身だったのかもしれないと想いました。

    大事なことはなかなか身につきません。
    大切な言葉はすぐに忘れてしまいます。

    そんな中 ずっと大切なことを言い続けてくださった先生
    大切なことを常に言い続けてくださる人こそ人生の師ではないでしょうか。

    少しずつ変わってこれている実感はあります。
    けれどどうしたらそれが身につくのかを 
    今年は自分自身でよく考えていかなければならないと
    つくづく感じました。

    一対一で向き合って教えていただく時
    無我夢中ですが自分のことはあまり見えていません。
    先生のお手本は素晴らしく 
    たとえば踊りでも先生の踊りはとても大きく見えるのですが
    手をふりまわしているのではない。
    座布団一枚の上でも踊れているのに
    こんなにも大きくみえる素晴らしさ。

    まだ未熟な私には感じることと 表現することにギャップがあるのです。
    どうしてそうなるのか。
    客観的に自分を見ることができていない証拠です。

    今年は 先生が他の方に教えられているところも見学させていただこうと
    心に決めました。
    きっといろんなことが見えてくると思います。
    芸は盗むものと言われていますが 本当にそういうものだと思います。
    そしてそれはすべてに通じることだと想います。

    もう私は人生の折り返し地点を過ぎました。
    人に与えられたものを受けるばかりではなく
    与える年代に突入しました。
    そのことをよく考えていきたい。

    今年はじっくりとまいります。
    そして今年も生きることを楽しみたい。

    私の今年の目標です。
    (2007.1.11)




     「女性にとって一番大切なこと。」

    最近 ずっと考えています。
    女性として一番大切なことはなんだろう。


    やっぱり「母性」ではないかな。

    母は すべてを受け入れ

    深い愛情ですべてを育み

    そして すべてを許します。


    すべてを受け入れることと
    甘やかすことは違う。

    正しい方向に向かうように
    いつもそこには愛があり
    祈りの心があるのですね。

    どんな時も
    あたたかく見守るお日さまのようでありたい。

    人生には間違いも過ちもある。

    けれどどんな場面でも
    「愛」がいつも
    そこにある自分でありたい。

    そして間違ったことは
    正さないといけません。


    育み

    見守り

    許し

    導く


    母性をまず大切にしたいと
    とても考える今日この頃です。

    (2007.2.27)



     「今やっと自然体で。」

    おかげさまで私のホームページも5年目に突入です。
    いやぁ 本当にいろんなことがありました。
    4年間続けるといろんなことが見えてきます。
    続けてこれて本当にうれしい!
    これは正直な気持ちです。
    やはり続けるということはとても大切です。

    考えてみたら 今 何も不足はありません。
    今とっても満足しています。

    こんなことを言うと笑われてしまいますが
    敢えて書きますが(笑)
    こんな私を 20年間、猛烈に愛し続けてくれた主人。
    時には息苦しくもなりますが
    これほどまでに愛してもらえる私は女性としてあまりにも幸せです。
    女としても自信をもっていいような気がしています。(笑)

    息子たちも それぞれの道を
    目標をもってこつこつと歩み始めました。
    淡々と自分の生活を送ってくれています。
    私に対しても いつも穏かで優しい息子たちです。

    仕事も自分の好きな仕事を
    日々楽しい仲間とチームワークバッチリで
    笑顔でこなしています。

    そしていつもさりげなくそばにいてくださる
    温かい友人たち。

    考えれば考えるほど
    私はしあわせな人間です。
    本当にありがとうございます。

    やっと肩の力も抜けて
    自分らしく自然体で ここに立っていられます。
    すべてずっと続けてこれたのは
    たくさんの人に支えられてきた証しです。
    胸を張って笑顔で ゆったりと
    自分らしく歩いていけそうです。

    「ほんとうのことがいちばんいい」
    毎日ながめている相田みつをさんの言葉です。
    ほんとうのことを知ることはとても大切です。
    本当のことを知ることは
    時につらいこともありますが
    本当のことを知ることができる自分は
    とても柔軟で素直な自分です。

    そしてすべてをうけとめて
    今 とても自分らしくいられます。
    ありのままでいられることが
    大切だと思っています。

    ホームページも5年目。
    こうして自分のページを持てる喜びを胸に
    これからも続けていきたいな。

    みなさま本当にありがとう。
    どうぞこれからもよろしくおねがいします。

    (2007.4.17)



     「言い続けていただけることの意味」

    「学ぶということ」でも書きましたが 本当に大切なことほど身につかないもののような気がします。
    そして大切なことは 常にそばで教え続け いい続けてくださる人がいてくれればこそ
    人は 日々の中で成長していけるのではないかと思います。

    それが 親であり 師であるような気がします。

    私は 人間にとって一番酷いことは 無視だと思っています。
    どんなに 賢い人でも 偉い人でも 人を無視するような人は とても気の毒だと思います。
    何も話しかけない、何も教えない、何も答えない。
    これほど残酷なことはありません。
    どうしてこんなことができるのか 私にはわからないのです。



    私は 最近 やっと自分を認めてあげられるようになりました。
    自分なりに 迷い もがき 苦しんだこともあります。
    けれど すべては 自分の心ひとつなのです。

    いい続けられて 頭では理解できても
    自分を認められない自分がいました。

    やっと気がついたのですが
    今 この瞬間しか見ていなかったように思います。
    今この時の結果にとらわれていたように思います。

    今自分が心を込めてやれることがあればそれでいいのです。

    「心を込めて動いていられれば もうそれで充分なのですよ」 と
    ずっと日舞の先生にも言い続けられてきましたが
    やっと今 その言葉を実感しています。

    言葉は大切です。
    ひとことでも投げかけられる言葉は人を救います。

    いい続けられる言葉は 心の支えになります。
    あぁ そうだったのか・・・とその意味がわかるまで
    そばで言い続けてくださる人がいることのありがたさを
    今しみじみと感じています。

    伝えたい言葉は 何十回、何百回といい続けなければなりません。
    それは私が そのように大切にしていただけたからこそ
    実感することです。

    感謝の気持ちを 言葉にしていけたらと思います。

    (2007.7.27)



     「失うことの意味」

    私の人生は いつも幸せの絶頂で失意のどん底に落ちることが多く
    それゆえ あまりに幸せな状態が続くと こわくてこわくてどうしようもなく
    そういうときこそ冷静に・・と自分を戒めて過ごすのですが
    どういうわけか 幸せが大きければ大きいほど 
    おそろしいほどの絶望を味わう人生になっており
    今考えると 
    ただ 静かに平和にすごせることこそが
    私が心穏やかに傷つかず生きていける方法だと考えるようになりました。
    正直これほどまでに辛く悲しく苦しい想いをしたことはありませんでした。
    今自分が生きているのが不思議に思えるほどです。

    けれど 私は生きていなければなりません。
    すべてを一人で乗り越えていくことが
    すべてに対する私の責任です。

    私は 師と仰ぐ 日舞の先生に問いかけました。
     「私は どうしても これだけは失いたくないと思っていたものを失ってしまいました。
      どうしてなのでしょう。」
    すると 先生は 静かにおっしゃいました。
     「それは あなたの代わりは いくらでもいた、ということです。」

     「代わりが・・・・・(絶句)」

    私は 自分が必要とされることをいつも望んで生きていました。
    けれど結果は悲しいものでした。

    失うことにも意味があります。
    それを考えることはとても辛いことです。
    けれど逃げていてはいけないのです。
    それを乗り越えて生きていかなくてはなりません。

    すべての出逢いは 偶然でなく必然です。
    そしてその中に学びがあります。
    生かされている意味が そこにあるように想います。

    私は私の想いを最後まで貫きました。
    最初から最後まで 私はなにひとつ変わりませんでした。
    だから もう十分なのです。
    最後まで 貫けたことを感謝します。

    (2007.9.29)



     「たくさんの出逢いと投げかけられる言葉」

    去年の10月から 私は本当にいろんなことがあり
    いろんなことを考え自分自身と向き合いました。


    不思議なほどに この一年は
    本当にたくさんの方と出逢いました。
    そしてたくさんの方のお話しを伺い いろんな考えや事実を知る一年でした。

    聴く耳があっても
    たとえば180度想いが違う意見を聴き
    それを受けとめる、ということはとても辛いことです。
    けれど どんな話も すべて受けとめることができました。

    この一年の間に起きた出来事の
    苦しみは半端なものではありませんでした。
    けれど逆に喜びもこれまでに味わったことがないほど大きかったと想います。
    そんな中で
    小さなことでも大きな喜びとして感謝できる自分になれたように想います。

    この一年は 一番人として成長できた年だったように思います。
    いえまだまだ人としては学びの中にあると思っていますけれど。

    まだまだ人生はこれからです
    結果が出るのはは30年後でも40年後でもいいことなのです。
    いえ 出なくてもそれはそれでいいことです。

    大切なのは どのように生きたか、ということです。
    そのことを常に考えていたいと想います。


    ありがたいことに 神様は私に次々に課題を与えてくださいます。
    明日は 会社の接客コンクールに出場します。
    広島まで行ってきます。
    また素晴らしい出逢いもきっとあるでしょう。
    新しい世界が広がることを予感しています。

    (2007.10.31)



     「栄光と犠牲」

    先日の会社のコンクールでは なんと自分が事業部の代表に選ばれ
    たくさんの人に おめでとう、という言葉をいただきました。
    本当に温かい人たちの想いを受ければこそ こうして代表になれたのだと思っています。

    このような評価は 決して自分が望んだことではありません。
    このような場所に立つことも望んだことではありません。
    いつのまにかこんなことになって コンクールに出場しなくてはならなくなり
    やる以上は誠意を持ってその場をつとめたいと
    日々 自分がやってきたことを心を込めて
    ただ同じように自分らしくご披露できただけのことです。

    ただ人が好きで 人と関わって 人に喜んでいただけることがうれしいだけなのです。
    私はこの仕事が大好きなのです。

    どうしてこんなことになっているのか
    私はその意味を考える日々です。


    私は最近
    「栄光」というものは 何かの犠牲のもとに成り立っているものではないだろうかと
    考えるようになりました。
    栄光が大きければ大きいほど犠牲も大きいのではないかと考えるようになりました。

    世に出て 有名になり もてはやされ 栄光を身にまとっている人たちが
    そうされることを望み 喜びと感じ
    心が満たされ幸せであるかと考えるとき
    もしかしたら違うかもしれないと思うようになりました。


    本当に自分を満たしてくれるのは愛ではないかな。
    人を心から愛し そして愛されることではないかな。
    お互いを必要として認め合い 思いやり 慈しみあう。

    名誉なんていらない。
    愛する人をいつもこの胸に抱きしめていられれば
    もうそれで十分。

    私はそんな気がします。

    (2007.11.02)            [戻る]



     「選択肢」

    いろんな人生の出来事の中で たくさんの学びがありました。

    人は絶望を味わうとき
    真実の自分の心と
    自分の心の祈りの声を初めて聴くように思います。
    闇と静寂の中に立つとき 感性は研ぎ澄まされ
    かすかな光も わずかな音も この心は感じとれるようになることも知りました。

    自分が何を求めたのか
    どうなりたかったのか
    何がしたかったのか
    もうそんなことすべて
    考えることも意味をなさないことを知るとき
    ただ 祈れる自分がいることがうれしいと思いました。

    人生にはいろんな場面があります。
    そのたびに 私たちは自分で思いを確かめながら前に進んでいます。

    今思うのは
    どんな場面においても 3つは選択肢を自分の中で用意することが大切、
    だということです。

    いろんな選択肢を用意できるということは
    いろんな場面を想定できるということです。
    最悪の状況も踏まえた上で動ける、ということです。

    予想もできない思いがけないことが起こるのが人生なのです。
    冷静にいろんな状況を想定できるのが 私たちの年代です。
    人に対しても 相手を想い、いろんな提案ができてこその年代です。

    接客コンクールでも つくづく想いましたが
    人生は経験が財産です。
    選択肢をたくさん持てる大人になりたいと
    今 深く思っています。

    (2007.12.07)            [戻る]



     「幸せは。」

    私は最近とても心が満たされています。

    何が人を幸せにしてくれるのだろう、と思ったとき
    それは目に見えないものだと とても感じるのです。

    目に見えるものは 確かに自分を傍から見ても幸せそうに見せます。
    けれどそれは 見せるだけ なのです。

    本当の幸せは傍からは見えないものです。
    だからこそ 一人で温めて浸れるものなのです。
    幸せは この心が感じ 決めることなのです。

    私は とても人に恵まれていると最近つくづく感じるようになりました。
    うれしいときも悲しいときも 暴走するときも悩めるときも
    思いやりにあふれる温かい人の中で生きてこれたことが 何よりの誇りです。


    本当に優しい人は 人を非難などしません。
    けれど 助言はいっぱいしてくれます。

    そして特に人が辛いときにこそ そっとそばにいてくれて
    見守ってくれます。

    たとえされたことが間違っていたとしても 心をこめてしてくださったことに
    こころから「ありがとう」って言ってくれるのが優しい人です。
    そして大切なことを優しさの中で教えてくれます。

    私もそういう人になりたいな。

    思いやりがあるということは
    人に心から感謝できる、ということです。

    感謝できる自分というのは
    何も望んでいない欲のない自分なのだと
    最近気がつきました。


    小さな幸せを一緒に喜びあえるお付き合いができれば
    もうそれで十分のような気がします。

    この一年は 学びの一年でした。
    言葉にならないくらい すべてのことに感謝しています。
    (2007.12.23)            [戻る]



     「目に見えない力に導かれて」

    私は去年 本当に苦しい時に 何もかもが壊れ
    すべてから見放されたと思ったときがありました。

    もうどうしようもなく辛い状況になり もがいて苦しんでいる時に
    この時とばかりに 私を捨てていかれた方もありました。
    私は守られて生きてきた人間で 本当に甘えていました。
    これまでこんな辛い思いをしたことはありませんでした。
    けれど どんな言葉を貰っても 言い訳は決してしませんでした。
    これほどのことをされた意味を自分に問いかけました。
    反省もしましたし つらいけれどすべて受けとめました。

    その時から私は
    ただただ 私を許してくださって そばにいてくださる方へ
    感謝して生きることだけを考えました。
    虚しさがいつも自分を襲いました。
    けれどそれも私の人生だと受けとめました。

    それからはもう自分と向き合い必死でした。
    本当は苦しくて苦して辛かった。
    消えてしまえたらどんなに楽だろうと思いました。

    けれど不思議なもので そういう時
    接客コンクールで事業部の代表になり カンパニー大会に出場したり
    日舞の名取り試験のお話しがあったりで
    必死で取り組める大きなチャレンジのチャンスが与えられました。

    1月の終わりには日舞の名取りの試験を受けることができ
    本当におかげさまで 名取りになることが出来ました。

    名取りになれて 自分の日舞の師匠とお話しさせていただけたとき
    もう本当にどうしようもなく泣けて泣けて
    師匠に お礼を言いながら 涙と鼻水とが止まりませんでした。
    恥ずかしいと思いつつ 感情を抑えることができず
    泣きじゃくりながら「ありがとうございます」と言っている自分がいました。

    師匠はどんな時も ずっと私のそばで教え諭してくださいました。
    根気強くいつも大切な言葉を言い続けてくださいました。
    こんな私でも必要としてくださいました。

    間違った時は叱ってくださり
    そしていつも温かく見守り 力強く導いてくださいました。
    師匠が亡くなられた後 師匠の心を受けつがれた
    今の師匠が 私をずっと育ててくださいました。
    何の見返りも求めず ただただ与え続けてくださったことを思うと
    また胸が熱くなります。

    親以外にこれほどまでに 私の成長を心から願い 喜んでくださる方がいることを知りました。
    あまりにも有難く幸せすぎることです。
    本当に生きていてよかった、と心の底から涙がこぼれてしまいます。

    受けつがれていくものは「心」です。
    本当にそう思えます。

    そして大切なものは ちゃんと私の中にあるのです。
    決して決して見放されてなどいないのです。
    何も失ってもいなかったのです。

    神さまはちゃんと見ていてくださいます。
    そこにはいつも温かいご慈悲の手がさしのべられているのです。

    愛されて生きてきたことに感謝します。

    ただただ感謝して 自分ができることを
    心をこめてやっていければ それで十分なのです。
    いつ何が起きても決して悔いもありません。

    やっとやっと 師匠が言い続けてくださった言葉の意味が
    わかりかけてきた今日この頃です。

    「初志貫徹」
    求めるものは自分自身に。

    すべては感謝の心で。
    (2008.02.22)          

     



     「おかげさまで。」

    おかげさまで 私のホームページも 今日から6年目に突入します。

    物事 5年続けると いろんなことが見えてきます。
    ある程度の結果が出て来る年数なのです。

    反省することもたくさんあります。
    けれど、たくさんの方のお力添えがあり、
    こうして続く明日があるのだと思っています。

    本当にいろんなことがあったけれど
    すべて乗り越えてこれました。

    やはり人は 人によって育てられ、幸せをいただき、
    前に進む力をいただくものだと実感します。

    おかげさまで、すべてを乗り越える精神的な強さと
    底力を養って来れました。(^-^)
    どんなことが起きても 少々のことでは動じません。
    乗り越えていく自信が今の自分にはあります。

    自分ほど幸せな人間もいないんじゃないかな〜っ、って
    最近しみじみ感じています。
    ありえないような幸運の積み重ねで今日を迎えられているのですから。

    続けていく中にたくさんの学びがあります。
    そして真実が見えてきます。

    目標はずっとずっと遠い先でいいのです。
    自分らしく続けて行くことが喜びです。

    ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
    これからもよろしく!

    いつもありがとうございます。

    (2008.04.17)         

      



     「心を伝えたい。」

    ホームページを続けてきて丸5年。
    継続することの喜びを感じる今日この頃
    5年続けてこれた感謝の想いで胸がいっぱいです。

    私なりに 一生懸命にやってきましたが
    この5年間は手探りのまま突っ走ったように思います。

    でも6年目に入って 今はっきりと目標が見えてきました。

    自分の気持ちを少しでも言葉にして伝えたい。
    心を伝えたいのです。

    私の好きな音楽
    好きなドラマ
    好きな花
    好きなともだち
    そして家族

    少しでも心が伝わる言葉を持ちたい。
    自分が愛するものの素晴らしさを
    少しでも具体的に 心を込めて
    伝わるように 私は語りたいのです。

    文章を見ればある程度はその人物が見えてしまう。
    その想いの程度だってすぐにわかる。

    本当に好きなものについては
    言葉は次から次へとあふれてくる。
    ちゃんと語れる自分でありたい。

    続けてきた意味はちゃんとある。
    大好きだからこそ続けてきた。

    だからこそ
    大切にしているものについて
    きちんと しっかりと伝わるように語りたい。

    心を込めて。
    (2008.05.22)      

         



     「師弟の関係」

    世の中で一番長続きする関係は
    やはり師弟の関係ではないかな〜、って考えるようになりました。
    今日も日本舞踊の御稽古でしたが
    日舞だけでなく 人としてのあり方を話していただけます。

    師匠にも また師匠がおられるわけですが 
    師に仕える「心」というものを
    今日も話していただけました。

    よく相手を立てる、という言葉を使いますが
    「相手を立てる」という言葉が出てくること自体
    自分が相手と同じ高さにいる気持ちで相手を見ている。
    もしも相手が自分の師匠なら 
    そんな言葉が出てくること自体間違いである。
    「仕える」という言葉が出て当然なのだと。

    「仕える」ということはどういうことか
    今日も聴かせていただきましたが
    三歩下がって師の影を踏まず、ということはどういうことなのか
    ただただ 感動するばかりで
    ものすごく考えさせられました。

    人間というものは 引く、ということがとても難しい。
    「私が、私が」と すぐに自己主張する。
    こういうところに人としての品格がでるのだと
    しみじみと痛感します。

    師匠は人に何を言われても
    それがどんなに不本意で つらい言葉であっても
    決して言い訳などせず、黙って何も言わないことだ、と 私を諭されます。

    「なにもわかってもらえないとしても
     それはそれでいいじゃないですか。
     それを言ってどうなるんですか。

     自分でわかっていればいいんです。
     人に意見ができるほど自分は立派な人間ですか?
     そういう考え方もあるんだと受けとめればいいんです。
     人に認めてもらおうなんて考える必要などないのですよ。」
    ・・・・と。

    なかなか それは難しいことです。
    とても苦しみます。

    でも私も最近 少しずつ 物事にこだわらなくなり
    冷静に受け止め、考え、判断することができる自分になれました。
    自分が愚かだと悟ることも 前に進むためには必要なのです。

    日々 お勉強させていただいてます。
    素晴らしい師匠に 
    いろんなことを教えていただける私は本当に幸せです。

    学び続ける人生にします。
    (2008.08.26)   

            



     「美しい形」

    今日はお休みで朝から静かに花を眺めたりして過ごせました。
    人生に起こることの意味、そして 私に投げかけられた言葉をたどることができました。

    その中で感じることは 学び続けることが すべての救いになる、ということです。
    「一生勉強」
    生きている限り勉強だと思います。

    私は日舞と生け花を習っています。
    人としての「心」を学んでいるように思います。

    私は何をしても一生懸命なのです。
    全身全霊を注ぎ込んでも足りないと思ってしまう性格です。

    けれど最近 よくわかりました。

    それがいけないのです。

    神様は私に素晴らしい師匠をつけてくださいました。
    いつもお稽古のたびに 大切なことを話していただけます。
    本当に 有難いことです。

    今日はふと気がつきました。
    掲示板にも書きましたが こちらにも自分が忘れないよう書いておきます。

    生け花でも 花は三角形に入れていきます。
    いくつもの三角形の組み合わせが美しい姿だということを学びます。

    そういえば ピラミッドだって△の形の組み合わせです。
    本当に美しい姿です。
    そして神秘的なパワーもそこに存在します。

    人間も きっと同じなのですよね。
    美しいトライアングルが成り立つ人間関係の中では
    人はとても穏やかに心満たされます。
    きっとパワーが発揮される形なのです。

    三角形が重なれば きれいなお星様もできあがり!
    真ん中にいる人は とっても幸せできらきら輝きを放てることでしょう。

    たとえば騎馬戦では 馬になる人は3人
    しっかりと安定して 相手チームの大将にも挑んでいけます。
    けれど下の人が二人、ましてや肩車で向かおうものなら
    傍から見ても 悲しみをそそりますし 滑稽であったりします。

    人生もまた
    しっかりと美しいトライアングルを描きながら
    人としての品格をもち
    自分が出来ることを淡々と心をこめてやっていく。

    人に感謝して大事にするということを
    決して忘れてはいけないと しみじみ思いました。

    学ぶことはすべて人生の大きなヒントになって
    いろんなことを柔軟に考えるチャンスを与えてくれます。
    これからも学び続けていきたいと思います。
    (2008.09.14)    

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     「人生」

    この二年間 私はきっと生きているうちに流す半分以上の涙を流したように思います。

    本当に生きているのがつらくて消えてしまいたかった。
    どういう意味があって この人生にこのようなことが起きるのかと
    神に問いたかった。
    もがいても うずくまっても がんばっても 突っ走っても
    その苦しみから逃れられることはできませんでした。

    けれど すべての責任は自分にあるのです。
    その苦しみと私は向かい合い続けました。


    今 ようやくすべてのことを受けとめ
    感謝の気持ちで前に進めます。

    みんなの心がいつも穏やかで優しく
    そして笑顔でありますように。

    いつも ありえないほどの愛情を受けて生きてきたことに
    私は甘えていたように想います。

    生きている限り 自分に誇りを持ち
    すべての人の心の平和を大事にしていきたいと想っています。

    感謝と祈りがあふれる今の想いを大切にします。
    (2008.12.08)   

            



     「花も嵐も」

    2009年を向かえ みなさまが健康で心安らぐ日々を過ごされますようにと
    心よりお祈りいたします。

    ここ数年 ありえないことの連続、
    昔 「花も嵐もふみこえて」という歌詞の歌がありましたが
    人生には 本当にいろんなことが起こるということを実感させられた数年間。

    今はすべてを乗り越えて
    静かな心と 穏やかな日々を取り戻せました。

    たとえ人に見えなくても
    いつも神様はすべて見ていらっしゃるということを感じます。

    見えないところこそ 大切ですし
    見えないものこそ 大事にしないといけないように思います。

    そうすればこそ 自分に誇りを持って
    こうして胸を張っていられることも感じます。

    今年はとにかく健康で
    自分ができることを 精一杯 努力していけたらと思います。

    人生は すぐに結果がでないからこそ面白い。

    じっくりと時間をかけて
    じっくりと努力を重ね
    じっくりと学びながら
    いつか 自分がたどり着きたい場所にたどり着きたい。

    今年やったことが 五年後の自分の支えになっていればそれでいい。
    最近は そのように考えるようになりました。

    いえ、人生はきっと そんなものではないのかな、という気がします。

    目の前のことは
    日々、きちんとできていたら
    結果が出ようが出まいが 一喜一憂することはしません。

    静かに土の中で根を広げていくように
    自分なりの花を咲かせられることを楽しみに
    じっくり
    ゆったり
    人としての誇りにあふれ
    胸を張って今年は進みます。

    いつか みなさまのお役に立てる自分になれますようにと
    願いを持ちながら。

    本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

    (2009.1.19)   

            



     「続けられた喜び」

    おかげさまで 私のホームページも 丸6年続き
    今日から7年目に突入します。
    思えば遠くにきたもんだ・・・と
    口ずさみたくなるようなこの6年。

    言葉では言い尽くせないほど
    いろんなことが嵐のように起こり
    もうこれ以上は無理だと思うことも幾度となくありました。

    乗り越えてこれたことが
    正直 奇跡のように思えてきます。

    いつも温かいみなさまの優しさと
    神さまのご慈悲を感じずにはいられません。

    私がいつも思うのは
    ささやかでも自分ができることを
    心を込めてやっていこう、ということです。

    その中で 少しでもお越しいただける方に
    喜んでいただけることがあれば
    本当に幸せだと思います。

    いつも感謝の気持ちを忘れず
    どんな時も自分自身が誇れる自分であるよう
    しっかりと 進んでまいります。

    いつか みなさまのお役に立てる自分になれますように、と
    願いながら。

    これからもどうぞよろしくお願いいたします。

    「ともに生きてくれて 本当にありがとう」

    (2009.4.17)   

            



     「ゴールはスタートである」

    私は今11月8日の 日舞の舞台に向けて
    目標を持って動いています。

    舞台を迎えるには 沢山の方のご尽力と お導きがあればこそと 痛感します。
    この年になって 初めてのことがある ということは本当に有難いことで
    かけていただける気持ちには 
    人として なんとしてでも応えたい、というのが私の想いなのですが
    何しろ初めてのことで 思うように行かずジタバタとしています。

    この時を迎えるために
    今一生懸命がんばっているのですが
    日舞だけではなく
    すべてのことに努力することが
    晴れの舞台の 成功の鍵ではないかと思っています。

    けれど 正直に言いますと
    私は11月8日がゴールだとは思ってはいなくて
    この日がスタートである、という想いで
    今は努力しかないと 動いているのです。
    これは私の祈りでもあります。

    舞台は 神様が与えてくださった「きっかけ」だと思うのです。

    「もっと 大きくなりなさい。
     人として もっと学びなさい。
     そして成長するのですよ」
    と 言われているような気がしてならないのです。

    人は変わっていけるものです。
    成長するものなのです。

    大切なのは 人としての品格です。

    挫折も苦しみもありました。
    起こることの意味をもがきながら自分に問う日々もありました。
    絶望も味わいました。

    けれど だからこそ 今の私です。

    ゴールはスタートだと 私は思っています。
    未知の世界を乗り越えたとき
    また新しい世界が始まるのです。
    その新しい世界をスタートさせるために
    私は今こつこつと努力しています。
    (2009.9.19)   

            



     「お誕生日は。」

    今日 私は お誕生日を迎えました。
    何歳になってもうれしいです。
    おかげさまで 元気に新しい歳へと突入です。

    つくづく お誕生日というのは
    みんなに「ありがとう」って 感謝する一日だと感じてます。

    生まれてきたことにも感謝、
    お母さんにも お父さんにも 感謝。

    そしておめでとう、って言ってくださる
    あたたかく優しい すてきなみなさんにも
    心から 「いつもありがとう」、って
    言うべき日なのだなぁ、って思います。

    去年は日舞の舞台への挑戦もあり
    いろんな意味で チャレンジの一年でした。
    とても大きな意味のある一年だったと思います。

    そして この一年は 穏やかに
    ゆったりとまわりを見渡してみたいと思っています。

    今の自分は 人と比べることもしないし
    自分らしく生きていられます。

    何も出来ないようでも
    実は自分にしか出来ないこともある。
    そうなんだ。
    ちゃんとオンリーワンのことがあるんですよね。

    必要とされる人とされない人がいるのではない。
    みんな必要とされているのが人生です。

    こつこつと 根を張る一年にしたいと思っています。

    そして最近思うのは やっぱりホームページを
    ずっと続けてきてよかったな・・・ということです。

    みなさまありがとう。

    まだまだ人生これからこれから。
    ともに楽しませていただきたいです。
    これからもどうぞよろしくお願いします。
    (2010.3.16)   

            



     「末広がりの。」

    本当におかげさまで 私のホームページも丸7年を過ぎ
    8年目に突入です。
    良く続いたな〜〜、って
    自分でも思いますけれど
    これもすべて そばにいて
    あたたかく見守っていてくださる方々がいればこそ。
    心から感謝しています。

    みなさまありがとう。

    8年目は末広がりの8年目。
    大きなことは望みませんけれど
    心から溢れる言葉を
    今年はきちんと
    綴っていきたいと思います。

    今やっと 肩の力も抜け
    自分らしく ここにいるような気がします。

    心の底から
    あぁ なんて自分は恵まれていて
    なんて幸せなんだろう、って思えます。

    何より自分は人に恵まれています。
    そのことが誇らしくて うれしさいっぱいです。

    これからも まず第一に健康に気をつけます。
    そして自分だけでなく
    みなさまが健康で笑顔でいてくださることを
    祈りながら動きたい。

    こんなにも穏やかで 
    心も静かで
    幸せな8年目を迎えられて
    感無量です。

    みなさま ありがとう。

    どうかこれからも
    末永くおつきあいくださいね。

    本当にありがとうございます。
    (2010.4.17)   

            



     「お約束できること。」

    ホームページも8年目に突入しましたけれど
    こうして続けてきました中で これだけは・・・というこだわりをもってやってきたことは
    書込みいただいたメッセージには 必ずお返事を書く、ということです。
    それだけは 出来てきたように思います。
    いえ それだけは必ずさせていただくことが 私は大事だと思い続けてきました。
    価値観の問題ですけれど
    私はいただいた言葉にお返事を書くというのは大切なことだと思ってきたからです。

    「掲示板は 書きたいから書く場所」、ではない。 と 
    私は思っているのです。
    貴重な時間を 使っていただけて こうしてメッセージをいただける・・・
    あまりにも有難く感謝すべきことです。
    誰もが見てくださる場所に わざわざ出てきてくださって
    メッセージをくださる。
    なんてうれしいことでしよう。

    こちらからの言葉を待っていてくださる 相手がそこにいてくださることにも
    感謝せずにはいられません。

    書込みしていただけたメッセージには
    必ずご返事することを お約束したいと思います。

    おかげさまでこの7年間の間に 掲示板に書込みしていただけたことがきっかけで
    広がった大きな輪に いつも力をいただいています。
    素晴らしい友との出逢いは 
    人生において 何よりの財産です。

    みんなで人生を楽しむことが喜びですし
    何より 和を大切にしていきたい。

    感謝の気持ちでこれからも続けて行きたいと思っています。
    みなさまにとって 愛着のある場所になれば
    私は本当にうれしいです。

    これからもよろしくお願いします。

    (2010.5.7)   

            



     「どんな状況にあろうとも。」

    人生には 目標が必要ですが
    自分の人生のお手本となる人がそばにいてくださることほど
    うれしいことはありません。
    迷いなく まっすぐに進むことができる人生は幸せです。

    2008年1月に 日本舞踊で名取りにしていただいてから
    まだ2年しか経っていませんが
    うれしいことに この度チャンスをいただけることになり
    11月に師範の試験に挑戦します。

    まだまだ 勉強することは山のようにありますし
    もっともっと成長する必要があると いつも思っていますが
    また一歩前に進める歓びと 感謝で胸はいっぱいです。

    踊りが上手になるということももちろんですが
    人としての生き方を学んでいるように思います。

    人生には いろんなことが起きますが
    起きるのが当然なのである。
    だから何も動じることはない。
    常に起きたことをきちんと受けとめて
    選択肢を3つは自分の中で考えておく。

    それは師匠に教わったことです。

    そして師匠に教わったのは
    人に対して 自慢することもしないし
    人をうらやましがることはない。

    おべんちゃらを言う必要もないし
    自分が自分がと自己主張する必要もない。

    人はそれぞれに
    それぞれの人生をしっかりと生きているのだから
    敬う気持ちと思いやりの心をを持って 
    黙々と自分のすべきことをやっていけばいいのです。

    人に求める前に 自分で変わればいい。
    自分が変わらなければ何も変わらないのだから。

    最近は日舞も 表現することがとても楽しい。

    何をやっても 本質を知るまでに時間がかかるものだと
    しみじみと思います。

    受け継ぐ「心」があることが 本当にうれしい。
    おかげさまで 人としての誇りに満ちて立っていられます。

    どんな状況にあろうとも きっと乗り越えていける。
    人と比べることもない、わが道を行けばいいのだと。

    人間アレもコレもと欲張っても
    そんなにできるわけがないけれど
    これだけは やり遂げたいということが
    いくつかある。
    貫きたいことが見つかった今は
    何の迷いもありません。

    私の人生は
    人にも恵まれ
    なんて幸せな人生なんだろうと
    神に感謝したい気持ちでいっぱい。
    心から幸せを感じています。

    自分が今 すべきことを
    しっかりと心をこめてがんばります。
    (2010.10.7)   

            



     「乗り越えてこその人生。」

    自分で言うのは気が引けますが
    私は 有難いことに 本当に運が良く
    いつも天の恵みを感じて 人生を送らせていただいています。

    生きていればいろんなことは起こります。

    けれど
    どんな状況にあっても 
    常に救いの手を感じて生きてこれたこと、
    がけっぷちでも 踏ん張れる強さを与えていただけたこと。
    これも 素晴らしい人の中で生きていればこそだと
    誇りに思っています。

    この一年は 特にいろんなことが起きて
    夏に 主人の母親が病気で入院し、
    その二週間後には主人の父が倒れ入院、
    広島で働いていた長男が仕事を辞めて帰ってきたり
    私も日舞の師範の資格を取るために試験を受けたりと
    日々 こなさなければならないことが山のようにあり
    週末は入院している下関の親のところに帰り・・・と
    24時間 本当に必死で動いたというのが正直なところです。
    私としてはめずらしく
    もうこれ以上無理、と思うくらい 頑張った一年です。

    有難いことは
    どういう状況にあっても 自分がやりたいことを続けてこられたこと。

    ホームページも
    日本舞踊も
    生け花も
    お仕事も
    辞めることなく 続けられました。

    そしてすべてを続けられた上に
    日舞では師範の免状までいただくことができました。
    本当に ただただ感謝、としか言いようがありません。

    人それぞれ課せられた人生の課題というものがあるのです。
    人はそれぞれが 自分の道をしっかりと歩みながら
    どこか共有できる部分で深く関わっていられたらうれしい。


    有難いことに 両親もそれぞれにがんばってくれており
    息子も地元で就職することができました。


    どんなことが起きても 乗り越えられるのが人生。
    素晴らしい人の中で学び続けられたこの一年、
    どんな状況においても 常に大丈夫と自分に言い聞かせることができたのは
    私のそばにいてくださったみなさまのおかげだと
    心から感謝しています。

    今年も本当にありがとうございました。

    来る年が みなさまにとって 素敵な一年になりますようお祈りしております。
    (2010.12.20)   

            



     「重ねた歳月の中に大きな学びがある」

    おかげさまで 私のホームページも丸8年、今日から9年目に突入しました。

    去年の夏から 親の病気のお世話や介護に奔走する日々が続いています。
    この半年は 下関まで行ったり来たり 移動も大変でしたけれど
    この3月には 親をわが家に迎え 我が家を拠点として
    すべて動けるようになりましたので 少しほっとしているところです。
    まだまだ 気力、体力だけが頼り、という 厳しい状況ではありますが
    随分と 落ち着いて 動ける状態になってきました。

    ホームページも長く続けている間には
    あぁ もう続けることは無理かもしれない、と
    思うことは何度かあるものですが
    おかげさまで そういう試練の時期もなんとか乗り切れ、
    心から みなさまには感謝しております。

    素晴らしい出逢いに恵まれ
    いつも温かい心と 言葉をかけていただけて
    すてきな人の中で 今こうして生きている自分が
    とても幸せだと思いますし
    誇らしい気持ちでいっぱいです。

    「愛」というものは
    「尊敬」の念の上に乗っているものなんだなぁ、と
    しみじみと思う今日この頃。
    尊敬できるみなさまに 導かれるように
    今日まで進んでこれたことに感謝して

    少しでも この感謝の気持ちを みなさまにお返ししていけるように
    一層 精進してまいります。

    年月は 人を育て 絆を深め 人を成長させます。
    続けていかなければ わからなかったこともたくさんあります。
    重ねた歳月の中、続けて来れた中で 学んだこと、出逢えたこと、
    それは何よりのご褒美ですし 宝物です。

    みなさまありがとうございます。
    どうぞこれからも よろしくおねがいします。
    (2011.4.17)   

            



     「生きた姿に。」

    去年の8月に 肺癌とわかり入院して闘病生活をしていた義母が
    今年の5月1日に天に召されてから3ヶ月近く経ちます。
    たくさんの励ましと支えをいただきましたこと
    心から御礼申し上げます。

    強い強い義母が 最期まで病気と闘っていた姿
    そしてたくさん話してくれた言葉
    命と引き換えにして残してくれたものを
    私は忘れまいと思っています。

    義母の死で 悟ったことは
    本当に それまでの考え方を覆すほどに大きなものでした。

    人間は小さなことにしばられて生きてはいけない。
    大きな視野に立って 全ての人が幸せになれることを
    考えていくのが女性なのだ、
    自分の人生、幸せは 誰に求めるものでもなく
    自分で自分を幸せにしてあげることだ、と
    義母は 私に教えてくれました。

    命はいずれ終わりが来ます。
    けれど受け継がれるものがある。
    それが「命」であり、「心」である。

    だから 大切な「想い」は 伝えていかなくてはいけない。
    その想いを伝えるのは
    ただただ「生きる姿」
    それしかないように とても感じています。

    そんなことを想うと
    やはり 自分の周りの人が
    自分を誇りに想っていただける自分になれるよう
    日々のことをきちんと
    心を込めて祈りを持って
    やっていかなければならないと痛感します。

    報われなかった過去も
    伝わらなかった真心も 努力も
    すべては自分が人として成長するための試練であったと
    今は感謝できます。

    人はきちんと評価され 報われる場所で
    努力していくことも大切なことなのです。


    義母はいつも私を守ってくれました。
    いつも力の限りの応援をしてくれましたし
    理解しようとしてくれました。
    本当に尊敬できる強い女性でした。


    命のバトンを 義母から渡されました。
    バトンを渡していただける、ということも本当に有難く誇らしいことです。
    託されたもの その心を
    しっかりと受け継いで 次に渡していける人になりたいと想っています。

    (2011.7.26)   

            



     「穏やかで平凡な日々こそ有難い」



    今年は大震災があり 大きな悲しみがありました。
    平凡で物足りないと感じる日常が あたり前ではなく
    あまりに恵まれたことだと 痛感する日々。

    だからこそ 自分がその中で出来る限りの努力をして
    成長し 人のお役に立てるようにならなければと
    考えるようになりましたし
    ささやかな日常にも感謝できるようになりました。

    今年は とにかく 続けてきたことを続けて
    現状維持だけで精一杯でしたが
    自分では 十分に満足しています。

    慎ましく生きることもとても大事なことだと
    今年は思いました。

    人の命は 決められているかもしれない。
    いつ何が起こるかわからない。
    そのことを あの大震災の日より いつも思っています。

    いつ何があっても悔いのないよう
    しっかりとすっきりと
    生きていたい

    来年は 静かで何事もない年でありますようにと
    祈らずにはいられません。

    今年も みなさま ありがとうございました。

    (2011.12.28)   

            



     「続けていればいつかたどり着けると信じられる」

    おかげさまで 私のホームページも丸9年、今日から10年目に突入しました。
    正直、本当にうれしいです。
    10年ひと昔といいますが
    10年という歳月には
    本当にいろんなことがあるということを
    実感します。

    けれど どんなことも乗り越えてこられたこと
    幸せな気持ちでいっぱいです。

    何より すばらしい出逢いに恵まれたこと
    いつも大きな支えを
    みなさまからいただきました。
    なによりそれが 私にとっての宝になりました。

    昔の私なら
    なんでも嫌になったらやめればいい、と思っていました。
    けれど そうではなくて
    物事 こつこつと続けることが
    私には足りない、
    そう思って
    物事を続けていくこと、を
    常に私は目標としています。

    続けていくには まず健康がなくてはなりません。
    そして続けられる環境、
    物事を途中で放り投げない精神力
    気力、体力・・・。
    「継続は力なり」という言葉が
    ようやく わかってきます。

    若い頃は 評価されることや
    結果を出すことにこだわります。
    そうすると 思うようにならないと
    つくづく嫌になったり すべてを切ってしまいたくなります。

    大切なのは 始めた以上は
    責任がある、ということです。
    たくさんの方の力を借りて
    今ここに立っているわけです。

    そのことを思うと
    こつこつ 初心を忘れず
    続ける努力をするのみです。

    続けていれば
    いつかたどり着きたい場所にたどり着ける。

    重ねた年月は 財産ですし宝です。
    こればかりは まぎれもなく揺るぎもなく
    私を支えます。
    けれど それは 自分の力ではなく
    そばでお力添えをくださった
    皆様方からの真心の賜です。
    心から感謝しています。

    みなさまありがとうございます。
    どうぞこれからも よろしくおねがいします。
    (2012.4.17)   

            



    「確かめながら前に進んでいく」

    2012年もあとわずかとなりました。
    私は今年は 守りの一年と考え
    新しいことにチャレンジすることはせず、
    もう一度 これまでのことを見直す作業に日々努めました。

    ホームページを始めて10周年
    物事は10年がひと区切り、
    私は どうしても確かめたいことがあり
    自分と向き合う作業をした一年でした。

    外に向いていくのではなく
    ひたすら内面の確認する作業に追われました。
    とにかく精一杯 
    もう夢中でその作業をする日々でした。

    そして やっと確認できたような気がします。
    私の気持ちの整理も この一年でやっと出来ました。

    この10年間
    私は多くのことを学びました。

    もうダメだと打ちひしがれることはたくさんありました。
    絶望も味わいましたし
    悲しいこともたくさんありました。

    けれど 常に奇跡的に
    救いの手が差し伸べられました。
    どんなことも 乗り越えられるような気がしています。
    結構逆境に強い自分だということもわかりました。

    それもこれも
    素晴らしい人の中で生きてこれたおかげです。

     来年からは 少しずつ表に出て行こうと思っています。

    大切なことが見えた一年
    これからの道筋も見えて
    経験したことを無駄にすまいと考えています。

    みなさま2012年もありがとうございました。 
    みなさまにとって
    新しい2013年が 素晴らしい年になりますように。

    (2012.12.23)   

            



     「丸10年」

    おかげさまで 私のホームページも丸10年、
    今日から11年目に突入しました。

    ついに丸10年。
    激動の10年を乗り越えて
    今 穏やかで しみじみとうれしいこの時です。

    重ねてみなければ
    わからないことがあります。

    挫折も絶望も
    越えたとき
    すべてが力に変わっていくと
    越えてみて
    しみじみと感謝できます。

    たくさんの失敗と
    たくさんの挫折、
    越えても越えても嵐の日々には
    惨めさも 絶望も 恐怖感さえも
    いやというほど味わって

    それでもここまで来れたのは
    変わらずに
    そばにいてくださった方の
    お力添えのおかげです。

    今 私は 本当に物事がしっかりと見え
    大切なこともわかります。

    いろんな経験があればこそ
    悟ることもあるのだと感じます。

    穏やかで 心静かな11年目。

    これからは そばにいてくださる方に
    ご恩返しをしていけることを
    心から願っています。

    地道にこつこつ
    動いてまいります。

    これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    (2013.4.17)   

    {新しい自分をめざして」 

    2013年も あっという間に過ぎてしまいました。

    今年は五月に父が亡くなるという
    自分にとっては とても大きな出来事がありました。

    自分の存在について
    あらためて考えさせられる時間が与えられました。

    できるだけ静かに
    出来るだけ何もせず
    過ごしたいと思っていましたが

    今年の半分は仕事で
    上のステップに進むための
    課題と試験勉強に 常に追われていました。

    家族旅行で 
    素晴らしい歴史遺産のあるフランスに行けたことも
    とても自分の中では大きなことでしたが

    常に何かに追われていて
    まったく余裕がありませんでした。

    いろんなことをこれまで
    引きずって生きてまいりましたが
    来年は
    新しい自分に生まれ変わるような気持ちで
    生きてみたいと考えています。

    この一年もみなさま ありがとうございました。

    あれもこれもが出来ない自分ですので
    来年こそは 静かに
    大切なみなさまに
    心を伝えていける一年にしたいと思っています。
    (2013.12.25)   

    「12年目に。」 



    振り返れば何度も、もう続けられない、と
    思うときもありましたが
    おかげさまで途中で止めることもなく、
    こうして、丸11年続けることが出来ました。

    まさに七転八倒の日々でしたが
    いろんなことを悟ったように思います。

    そしてしみじみ そばにいてくださる皆様には
    心から感謝の気持ちでいっぱいです。

    努力したことがきちんと花開き、
    すべてが報われる人生でなければいけないのです。

    それを感じ、満たすのは
    自分自身ということです。

    この人生は
    すべて自分自身で決めることです。

    感謝の気持ちを忘れずに
    ただ、自分のできることやすべきことを
    坦々とすることを
    今は望んでいます。

    いつか 大切な皆さまに
    誇りにしていただける自分になりたい。
    そのために、
    きちんと生きていきたいと思っています。

    今後とも どうぞよろしくお願いいたします。

    (2014.4.17)   

     「もがき続けて」

    思えば もがき続けたこの12年でした。
    試練の続いたイバラの道でした。
    けれど今年は、不思議と苦しみから解放され
    すべてを悟れた気持ちになりました。

    今思うのは、自分が楽しめることを
    自分へのご褒美として、ささやかでも続けていければいい、
    ということです。

    毎年暮れになるとその一年を振り返りました。
    そして不思議と このページに向かい、気持ちを書いていました。

    自分にとっては 生きた記録となっているように感じます。

    「今年の自分の漢字」を、書き記した年もありました。
    2006年は「和」2009年は「堪」2011年は「結」と書いていました。

    そして今年の私の漢字は「悟」かな、って思っています。

    うまく行かなかった事の方が多かったですが
    必要以上に死に物狂いでがんばった挙句、たいてい粉砕しました。

    それでもがんばればこそ、悟れることが多かったのだと思います。

    愚かであっても未熟であっても

    がんばっていたことに違いないのです。
    今の自分なら そんな過去の自分も受けとめられます。

    まだ母が生きてくれていますので
     私もまだまだかんばならくては、と思いますが

    母が天国に行ったら、私はいつでも母のところに行ってもいいかな、と
    正直、思っているのです。
    きっと母があの世で 大きく手を広げて迎えてくれるから、
    母の胸に戻って 永遠の安らぎの中、眠り続けるつもりです。

    けれどそれまでは
    懸命に、日々、丁寧に生きて
    周りの方に 誇りにしていただけるような人間になれるよう、
    背を正し、きちんと生きたいと思います。

    日々是精進。
    生きて修行は続きます。
    (2014.12.11)


     「年を重ねることもなかなか良いものだ。」

    一年はあっという間に過ぎ
    私のホームページも12歳のお誕生日を迎えました。
    早いもので13周年に突入です。

    この年になって
    いろんなことが見えてきました。
    試練が多かったこの10年でしたが
    おかげさまで落ちつきました。

    人生は それほど不平等ではない。
    そんなことがわかってきました。

    自分は
    経済的にも恵まれ、
    健康で、 日々元気に動けています。
    これほどの幸せがあるでしょうか。

    そのことが最近やっとわかってきました。

    欲しい物を手に入れる時
    人は何かを犠牲にしている。

    大きいことなど出来なくても良い。
    ささやかな日常を大切に
    積み重ねていくことの方が
    はるかに自分を満たすことができる。

    それが この頃 やっとわかりました。

    もう充分だ、と思えるようになりました。

    そしてわたしは有難いことに
    まだまだ身体からパワーが溢れ
    気力も充実しています。
    自分でも不思議なくらい
    今とても元気です。

    周りの方に小さいことでも
    喜んでいただけることがあればいいな、と思っています。
    これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    (2015.04.17)


     「執着が妨げになる。」

    私も やっとこの年齢になって
    いろんなことが受け入れられるようになりました。
    これまでは 頭ではわかっていても
    どこかで納得できなかったことが たくさんありました。

    年を重ねないとわからないことがある、ということを実感します。

    考えてみると 私の人生、
    金銭的に困ったことはなく、
    また 仕事運にも恵まれてきたように思います。

    けれど そう思えるのは自分が
    お金や仕事に執着していないから気にならない、
    ということではないかなぁ、と思うのです。

    もし 私ではない別の人がこの人生を生きていたら
    これでは不足だと感じるかもしれません。

    考えてみると 私は そういうことについては
    淡々と受けとめたり、動いたりできるからではないかと
    感じるようになりました。

    人間、
    これだけは頑張って結果を出したい、
    これだけはやり遂げなくてはならない、
    これだけは絶対失いたくない、 と
    執着するものに限って

    結果は出ず、
    途中であきらめることとなり
    手放すようになってしまうような結果になる、のではないかと
    生きてきて 感じます。
    そうなる理由は 執着するがゆえ、
    自分を見失うからです。

    これ以上頑張れない、
    これ以上の事は出来ない、という
    自分の限界のところまで頑張っても
    そういう状態での極限状態では すべての歯車が狂ってしまい
    報われることはありません。

    そういう面で 私は大変未熟であった、
    という気がします。

    普通に 淡々と 動くことがいかに大事か、
    そのことを最近とても考えますし、
    前の自分より 成長できたような気がします。

    すべては 経験したことによる学びがあればこそですが
    色々な事が冷静に見える今、これからの人生は
    私は それほど失敗することはないと考えています。

    (2015.08.29)


    「変わりない、ということへの感謝。」 

    こうして生きてきますと 何事もなく 平穏に過ごす、ということが
    とても難しいことだと感じます。
    気がつけば 嵐の中であったり 
    津波にさらわれるような出来事が次々と起きてくるのが人生。

    何事もない、というのが当たり前ではないのです。

    変化がなく 平穏である、ということが どれだけラッキーで すごいことであるのか・・・
    そのことを痛感し続けた この人生でもあります。

    あまりにも試練の多い人生でしたが
    人の人生は死ぬ時にプラスマイナスゼロ。
    そう思って 今を生きているのです。
    われながら けっこう強いんだ と思ってます。

    そして今年の私の漢字一文字は まさに「穏」。

    静かであることの有難さを痛感します。
    穏やか・・・ということほど 幸せなことはないのです。

    その上 ドイツ旅行や 長崎でのコンサート、福山でのディナーショー、など
    特別なご褒美までついてきました。

    真面目に生きていれば
    神様はちゃんとご褒美をくださるんだなぁ・・・と
    ご褒美のある人生の喜びをしみじみとかみしめます。

    そして そばにいてくださる方に
    心から感謝が出来たこの一年。

    生きてきて これだけ安らかで穏やかな一年があっただろうか。

    これからもきちんと生きて
    自分自身が誇れる自分でありたいと思っています。

    この一年も そばにいてくださって
    本当にありがとうございました。

    とても穏やかで満ち足りた一年でした。
    (2015.12.21)   


    「迷いなく。」 

    おかげさまでホームページも14年目に突入しました。
    誰しも14年生きていれば いろいろとありますから
    私自身も いろいろと乗り越えて今に至るわけです。

    長く続けていけることは
    神様から「あなたはこれをやりなさい」、と言われていることなんだと思います。

    物事は 長く続けることは簡単ではないからです。

    試練は次々に訪れます。
    それは誰もが経験することです。

    けれど困難なことや試練があればこそ
    自分が何をやりたいか どうしたいか、ということがよくわかるものです。

    やりたいことを続けられることが
    どれだけ有難いことなのか、
    それは 続けられた人間でないとわからないことなのです。

    身をもって 学ぶのです。

    だから重ねた年月に なにひとつ無駄なことはありません。
    年を取ることも 楽しめます。

    後で ああすればよかった、こうすればよかった、と
    悔やまれることもあります。
    けれど過去に戻ってやり直すことはできません。

    できないからこそ これからの自分が大事なのです。
    これからの人生に生かさねばなりません。

    時間だけは平等に与えられます。
    とても有難いことです。

    つねにそばにいてくださった方の優しさを思います。
    感謝しかありません。

    そして ずっと健康で今日まで来れました。
    これ以上、何を望むことがありましょうか。


    支えてくださった方々に
    誇りにしていただけるよう
    きちんと胸を張って生きて行きたいと思っています。

    これからもよろしくお願いいたします。

    (2016.04.17)   


    「運気に逆らわない。」 

    私は今年は とにかく真面目に生きたと思っています。

    私の真面目、という定義は、
    自分のやりたいようにやらず、好きなように動かず、
    新しいことを始めず、おもしろいことに飛びつかず、
    現状維持に心掛け、慎ましく生き、
    常に自粛して 周りの人に合わせて行動する、ということを言います。

    私は 今年は それを実行した年だったと思っています。
    去年は何をやっても上手くいき、ご褒美いっぱいの一年でした。
    その調子で今年も動いていたのですが
    途中で 運気が低迷していることに気づきました。

    それからは 神社通いと
    あとは とにかく真面目に、
    静かに動くことを心がけました。

    色々と経験して思ったのですが
    あまりにも幸せなことが起きる時は
    またその逆へのスイッチを押した時だと自覚しないといけません。

    強い光を浴びるときは
    同時に闇を抱えてしまっている、ということを
    こうして長く生きていれば知ることとなります。

    案外人生は 誰に対しても平等なのだと感じます。

    何もない、ということは
    ある意味とても幸せな状態ということなのです。

    私の今年の一文字を考えますと
    「外」
    この一文字です。

    今年は 一時期 何度も顎が外れるというアクシデントもありました。
    生きていると 信じられないことも起きます。
    何度も病院に飛び込みました。

    宝くじを買い続けましたが外れました。

    そして「外される」、ということも経験し、

    自粛の日々でしたので
    蚊帳の外、という気分もありました。

    自分の想いから外れて とにかく真面目に生きましたが
    厳しいことばかりが起こる一年でした。

    けれど すべては 自分の起した行動の結果が出ているのです。
    そのことを胆に銘じたいと思います。
    だから 伝えたいこともありましたが
    ぐっと 呑み込みました。

    私が 私自身を満たせないのに
    他人まで満たすことはできません。
    すべては 自分自身。
    責任はすべて自分にあります。

    それでも病気もせず、
    家庭と仕事は平穏でした。
    それだけでも感謝しなくては、と思います。

    来年は楽しい年にしたいです。

    しくじっても 許してもらえる自分になれますように。

    来年は 少し肩の力を抜いていきましようか。
    (2016.12.19)   

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